ちょい不良親父の、快適生活

“神戸コレクションの父”と呼ばれる高田恵太郎さん。ファッションを通じて幅広く活躍する生き様は、若い世代の憧れのまと。そんな高田さんの秘密を探るべく、オフィスとご自宅にお邪魔しました。

[phase01]木の温もりや、観葉植物がお気に入り

オフィスにも自宅にも、木を使ったインテリアと観葉植物が置かれているのが共通点。
“オフィスも1人で平日を過ごす自宅も、貰い物ばかり。だから何でもない椅子にペイントしたり、観葉植物は必ず置いて少しでもリラックスできる空間を作るようにしてますね。”
好きなのは、木を使ったアンティークのインテリア。夜中に音楽を聴きながら、ワイン片手に木に触れて、そのインテリアが歩んできた時間を想像するのが楽しみだとか。

[phase02]40歳を過ぎてから料理の楽しさも

インタビュー中に、“何か作ろうか?”そんな一言からできあがった一品は本格イタリアンと中華。
“40歳位まではラーメンを作ったこともなかった。でもある日、イタリアで現地の友人宅に招待された際に、彼の手料理でもてなしを受けたことがきっかで興味を持った。奈良の自宅に帰った際に家族はもちろん、社員を招いて手料理を振舞ったりするのが楽しいな。”
今ではベランダに、ハーブやミントといった香草の鉢が並ぶ本格ぶり。興味を持ったものは取り入れるのが高田流。

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[phase03]ファッション業界を選んだのは“好きだったから”

今年で61歳を迎える高田さんの世代。
アメリカやヨーロッパのブランドが日本に入ってきて一般の若者にも大人気だった。
“服が好きだったし、ファッション業界を選んだのも女の子にモテるかな・・・と思って。”
と、当時若者に絶対的な人気を誇っていたVANに入社してから数十年。現在は、神戸に拠点をおきファッションを通じて様々な活動を繰り広げる。
“ファッションは若者にもわかりやすくメッセージが発信しやすい。何より、人を笑顔にするのが良いですね。”

[phase04]何とかしたくて起こした  “神戸コレクション”

阪神大震災が起こったのが1995年。
ファッションの街と呼ばれた神戸も物流が止まり、インフラは滅茶苦茶で大打撃でした。震災前のバブルが崩壊したこともあり、神戸に本社をおいていた企業も震災をきっかけにどんどん東京に拠点を移し、神戸の街は色んな意味で元気がなくなった。
なんとかしたくて、“神戸の街を元気にしたい”そんな思いで形になったのが“神戸コレクション。”
今では神戸だけでなく、東京・上海公演と広がりを見せ、若い世代に絶対的な支持を受けている。

[phase05]人が元気になれば、街も元気になる

今回の東日本大震災で、3月に予定をしていたイベントの多数を中止したものの、4月に予定していたイベントは“神戸の震災の経験があったからこそ、開催した。”という高田さん。
“神戸コレクション”上海公演では日本のモデル・上海の現地モデルが一緒になって“がんばろう”との呼びかけに現地メディアの注目も大きく、一般来場者も過去最高のものになったという。
“上海で、日本を心配する様を直に感じて嬉しかった。今回のこの悲惨な現状もこれから再建できるはずだし、そう信じたい。そのため我々もできることを行動にうつしていきたい。”
強くそう語る高田さんには、既に新しいビジョンが見えてるようでした。

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Profile

高田 恵太郎(タカダ ケイタロウ)
1950年大阪生まれ、甲南大学卒業後、アパレルメーカー株式会社ヴァンヂャケット入社。
その後、企画会社、スポーツメーカーを経て、神戸ファッションマートプロジェクトに参加。
マーケティング部長としてアパレルメーカーの合同展示会、若手デザイナーの育成イベント、クリエイター育成事業、ITとファッションの融合など、様々なプロジェクトを実施。
2002年8月には神戸コレクション第1回目を開催。
55歳を機に「オヤジベンチャー」を目指して以降、ITベンチャー企業、ファッション企業等のアドバイザーとして活動中。
「神戸コレクションの父」「ちょい不良親父」として、メディアでの活躍も目覚しい。

株式会社アイグリッツ
代表取締役エグゼクティブプロデューサー
神戸コレクションの企画制作会社
http://www.kobe-collection.com

株式会社ぜんまい 代表取締役
神戸からの情報発信事業を行う
http://www.kobedays.com/company.php

高田 恵太郎